平和と若者へのメッセージ

平和と若者へのメッセージ

作 者:遺族会員K.Y(38歳主婦)
作成日:平成24年1月22日 

私は戦争を知りません。しかし、私には特攻隊員として戦死した母方の伯父が居り、幼いころより祖母や母から伯父にまつわる話を聞いて育ったため、先の戦争を歴史上のひとコマとして見過ごすことが出来ません。
祖母は伯父の話をする時はたいてい涙を流し、自分を責めてこう述べました。「9人兄弟の長男として厳しく躾すぎた、可哀想な事をした。」と・・・。
伯父は西口徳次と申します。大学を卒業したのち海軍飛行科予備学校(13期)へ入学し、特攻隊を志願しました。志願の際、「死んでも親孝行します、私が死んでも泣かずによくぞやったと誉めてください。」と両親に挨拶したそうです。そして、昭和20年4月29日天長節に、沖縄沖の敵の艦船に体当たりし散華いたしました。辞世の句が二首のこっております。
「忠の道孝と悟りて我は征く 沖縄に吹く神風となり」
「たらちねの父母のみ教え一筋に 守り続けて沖縄の沖」
そして、「死んでも親孝行する」の言葉通り、祖母が101年の生涯を終えるまで恩給で祖母を養ったのでした。

特攻隊の評価については賛否両論あるかと存じます。私は姪という立場上、手前味噌になってしまいますが伯父のことを誇りに思います。それは、勲章や恩給を頂いたから等という表面的なことでありません。愛する対象の為に、自らを考えに入れず命を捧げることが出来る、その崇高な志を尊いと感じるからです。時代背景が志願要因のひとつだったと考えられますが、時として誤解をうける「狂気」によって遂行できる任務でしょうか。伯父が必然の死を目前にして、家族に遺した句は何と澄明にして両親への感謝に溢れていることでしょう。
それらのことから、私は伯父の選択した道を家族や国家への「愛」だったと解釈いたします。その愛により、結果として遺族やその子孫にまで、素晴らしい教育をしてくれたのだと、現在に至り改めて感じるのであります。
例えば、私においては人格形成の上で多大な影響を受けました。生き方の規範また心の見張り番として常に伯父は存在し、私を正しい考えに導いてくれます。また、困難に直面する際に私の意志決定をする判断基準となって、勇気を与えてくれます。
伯父が遺してくれたこと、それは「自分本位な思考ではなく、利他的な精神を主軸に置いて生きることの尊さ。」だと、声を大にして申し上げることが出来ます。

それから67年以上の歳月が過ぎ、現在の私達は当時とは比べ物にならない位、豊かで平和です。この陰に少なからず伯父達英霊が礎になってくれていることは、忘れてはならない事実です。彼らの死を無駄にしない為に今の私に何か出来るでしょうか。 やはり、伯父の教えを体現し、出来るだけ我欲を無くし、自分が出来ることを喜びをもって誠心誠意行うことではないかと考えます。大きな事は私には出来ませんが、日々のその行為が水面に波紋が広がってゆくように、やがて多くの人々の幸福につながることを夢見て、身近な所から行いたいと思います。愛する対象の為に自分の身をお捧げする生き方を、私の人生後半でどれだけ追求できるか精進して参ります。
その誓いの気持ちを込めて詠みます。
「散ることで国の弥栄を託す伯父 我が生涯で応えたまわん」
最後に、戦後教育によって忘れさせられていた伯父達が遺してくれた前述の思想を、少しでも共鳴してくださる方々がいらっしゃれば、私達の愛する日本は、世界から一目置いて頂ける国に必ず再生出来ると信じています。
白鴎遺族会の活動にご支援賜れれば幸いです。

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