ごあいさつ

関西白鴎遺族会 所在地

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京都市左京区川端御池上ル
東側孫橋町23番地 SAMURAIビル2F

サムライグループ

山田正克税理士事務所

白鴎遺族会ブログ

代表の挨拶

関西白鴎遺族会の会長を拝命しております
山田正克と申します。
伯父が海軍飛行科予備学生13期生として先の大東亜戦争に参加し、昭和20年4月29日天長節に沖縄沖で米軍戦艦に体当たりして戦死しました。
このような経緯で遺族代表として本会の運営に当たらせて頂いております。
また、昭和21年11月9日の第一回第十三期飛行予備学生戦没者慰霊祭から、われわれ遺族のために本会のお世話をしてくださいました十三期飛行予備学生同期生の皆様におかれましては、長年にわたり共に命をかけて戦った戦友とその遺族のために真心のご奉仕を賜わりまして、こころより感謝申し上げる次第でございます。

生死を分けた先の大戦の後、敗戦となりました日本は、戦争に起因する全てのものは嫌悪されるべきものとして葬り去られようとする世情の中、生死を共にした戦友との交わりの思い出を一生涯大切にしてくださった生き残られた戦友の皆様のことを、遺族である私自身も一生涯忘れません。
戦後、特攻により戦死した人間を犬死したとか、心ならずも特攻にかりだされたなどの同情を口にする人々もおられますが、それは大変な誤解であります。
戦死された方々は、祖国の危急に身を投じ、愛する人々や故郷を守るため、愛国至誠の火を胸に、自らの犠牲を省みず戦火に立ち向かわれたのです。
「心ならずも」とは戦後になって、自らの保身しか価値の基準を持たない人々からみた勝手な解釈に過ぎないのです。よって、「心ならずも」という表現は同情ではなく、むしろ侮辱なのです。

しかし、私はここで戦争を賛美するつもりも、戦死者の戦果を讃えることをいうつもりもありません。戦争の悲惨さをよく知る遺族の一人として、世界平和の大切さを訴えたいのです。ただ、敗戦により戦争に起因するすべてのことを否定することには賛成できません。戦争により否定された大切なものに「公共の精神」があります。戦前の教育を受けた方々は、心に矛盾を感じながらも戦後民主主義の時勢のもと、自分の身が安全であれば他はどうでもよいという個人主義の蔓延を受け入れました。
そして、戦後に生まれた私たちの世代は、戦前教育を受けた方々が保持されていた、心に矛盾を感じることによる自制すらない利己主義の価値観に支配されるにいたりました。
経済的に豊かになったとは言われますが、一年間に3万人を超える自殺者をだす社会が幸せな社会だと言えるのでしょうか。
われわれ日本人は大切な何かをなくしてしまったのです。なくしてしまった大切な何か、それが、お互いを思いやり貧しいながらも支えあう助け合いの心ではないでしょうか。この小さな助け合いのこころが、社会全体を本当の意味で豊かにする「公共の精神」につながっていくと考えます。

われわれ関西白鴎遺族会は戦争遺族とその遺族を戦後一貫して支えてくださった戦友の会ですが、構成員の高齢化に伴いまして、戦争を体験された方々から、私のように戦争を直接体験したことのない世代に変わろうとしています。
また、戦争を体験された方々が他界されることにより多くの遺族会が解散できれば良い方で、多くが消滅しているのが現状でございます。
私は、今年45歳になりますが、この関西白鴎遺族会を戦友の方々の高齢化に伴い、終わらせるのではなく、次の世代へ語り次いで行くことで、日本の国を、世界平和の理念と公共の精神に満ちた国へ生まれ変わるための、何らかのきっかけになればと思い、代表を拝命させていただきました。
これからも、先の大戦で命を落とされた英霊の方々の御霊に感謝のこころで出来うる限りの奉仕をさせていただくことは当然のことでありますが、今後は、遺族、同期生の枠組みだけでなく、志を同じくする同士の会として、存続していくつもりであります。
私自身が90歳、100歳まで長寿を全うし、戦争に参加された世代のひ孫や玄孫の方々に、戦争体験者ではありませんが、戦争体験者と直接お話しした世代として、崇高な日本人の精神を伝えることが私の使命であると考えております。

平成24年1月27日
関西白鴎遺族会 会長 山田 正克

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